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5月の短歌作品

節電

 ため息のこのごろ増えている妻の手はケイタイのメールをにぎる 

 散策ののちに乗りこむ池上線二号車五月の風にふかれて

 京急の車内消灯、東急のエアコン停止は分かり易き術

 ネクタイをしめずに出勤するものの連休明けて突如ふえたり

 掃除夫の点け放したる電灯を出勤するものらこまごまと消す

 節電の効果はやくもあらわれて汗ふきながら打合せをす

 正午にて一斉消灯おこなわれ液晶画面にメモ近づける

 非常灯は消えることなく鮮やかにみどりの人のかたちが駆ける

 赤十字ではなくあしながに義援金おくる震災孤児育英のため

 余震つづくいわきの町に帰りゆくふたりを追いて台風アイレー
 
 慌ただしく過ごして終える春の夕ことしもめぐる季節の証

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April 13, 2011

さくらの生き様

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RICOH GX100 2011/04/09

April 10, 2011

4月の短歌作品

決断

 大津波なる生きもの画面を覆いたりその後くるまをのみ込みてゆく

 帰宅困難者の群かき分けて駆け込みし東京駅いまこだま発つとき

 ママさんをふたり引きつれ飛びのりぬ都心脱出延発こだま

 かみさんの両親いまはいわきにて老後をゆるりと過ごしていたり

 電話ではもちろん安否の確認はできず二日の間のしずけさ

 受話器より「大丈夫だから〜」とひびくこえ理科実験のごとき事象に

 月曜の出勤いまだに都心には接近できずまもなく正午

 唐突に避難させると決断しレンタカーを借り「いわきに行くぞ」

 紙おむつ、ウエットテッシュ、水、カイロ、買い込むようにとメールを送る

 四号線、六号線のあいだには三桁国道北にはしりぬ

 三桁国道しずかにすすむデミオなりガソリン消費極力抑え

 県境の生暖かき風とりこめばガソリンスタンドいま眼前に開く

 わけ話し一〇リットルをいただきぬ「ほんとは地元の人だけだべぇさ」

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April 05, 2011

3月の短歌作品

逮捕

 携帯に「アポはリスケ」の連絡のありて聴き入るつぎの日時を

 真っ正面から二人あるいは三人が走ってきたる、この裏道に

 かつて紅梅旅館のありし場所更地となりて売りに出さるる

 その前にわれ差しかかり聞く叫び「泥棒、泥棒、其奴つかまえてぇー」

 両腕を広げて待てばそのおとこかわせずバッタリその場に倒る

 縮れ毛の白髪やけに街灯にひかる息の荒きおとこの

 「なに盗まれたの」と被害者に問えば「コメよコメ、コメ盗まれたのよ」と

 コメ、コメ、コメ、コメをどこから盗まれた?素面のわれは想像できず

 「おまえ、やったのか」と問えば「やったよ、やった」と息荒きままに

 店頭に積まれていたりし三袋計八一キロおとこ盗みぬ

 座らせて一一〇に電話して待てど暮らせど警察は来ず

 サイレンを鳴らすことなく警察の来たり、そこから長きその夜

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March 20, 2011

小説のような日々、あるいは映画のような日々

まさに東日本の日常は、小説のような日々、あるいは映画のような日々、そのものである。

家内の両親をいわき市から車で東京に避難させたのが3月15日(火)、以来、ぼおーっと暮らしながらも、厳しい通勤事情のなかでそれなりに苦しんでいる。

私が所属する組織でも、今回の事態への対応は始まっているが、うまくいっているのだろうか。阪神・淡路大震災の復興支援を担当した私の目からすれば、ずいぶんもどかしく映る。しかし自ら動こうにも、想定を越えた事態に頭を抱えるばかり。こうした事態への経験があるだけにので、逆に考えれば考えるだけ、混乱してしまうのだ。阪神・淡路から16年、自分もその年月だけ歳をとったということを実感するばかりである。

もう思考ではなく行動に移りたい。

February 14, 2011

いわきサンシャインマラソン、楽しみました

2月13日、第2回いわきサンシャインマラソンを走ってきた。ハードなコースだと話には聞いていたが、西風が強く、快晴ながらかなり厳しい条件のマラソンだった。それでも沿道の熱い応援もあって、無事、完走できた。カミサンのペースメーカーだったが、かみさんも20年ぶりに自己記録を更新し、大成功のマラソンだった。


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February 09, 2011

2月の短歌作品

水底

 水紋のゆるみて静まる池の面なにか棲みたる銀行の池

 国債の格下げの報に「疎い」とか言葉えらべぬ日本人かな

 「俄には判断しかねる」等々と言っておいたら記事にもならぬ

 高齢者金融資産をため込みて自国国債知らぬまに保つ

 国債の暴落すなわち自らの預貯金あやうきことと知るべし

 国債しか投資対象ないという邦銀かなしき「ニッポン、チャチャチャ」

 「ザックさん、まるでにほんのひとのよう」興奮しつつわかき女性は

 「清潔で規律正しく・・・」にっぽんのことを褒めたるザッケローニは

 代表は等身大のにっぽんの若者なのかと問われれば「ノー」

 われ先にと空き席めざすにっぽんの若きリーマン、ゲームのために

 肘を張り必死にもがくのであれば良しゲームのために肘を張るなよ

January 24, 2011

情けないラグビー・グラウンド

トップリーグのプレイオフ、セミファイナル2試合をテレビ観戦した。

試合内容はとてもハイレベルで面白く、ゲームプランがしっかりしたチームがファイナルに勝ち上がった。その内容は大満足ではあるが、あの秩父宮の芝生は何だ。海外にも放映されるという今回のプレイオフ、2019年のワールドカップ決勝に向けて、日本のやるべきは、選手の育成より、観る者を魅了し、心地よさを感じさせるきれいな芝生のスタジアムづくりではないか。

このところの寒波の影響はあるのだろうが、これでは世界のレベルに到達できる環境ではない。危険性の高いラグビーゆえに、安全なピッチを用意することは、思い切ったプレーの前提になる。

登場した4チームの選手が、このグラウンド状態で手に抜いたということはないし、例えば三洋のウイング山田選手のビックプレーなどは、この状態でよくやれたと感心するほどだが、サッカーでは当たり前のスタジアムの素晴らしさは、まだラグビーでは実現されていないのである。これでは観衆は集まらないし、テレビ放映権を買ってもらうことはできない。

テレビで観るにしても、スタジアムの足を運ぶにしても、高揚感がそがれる、なんとも情けないグラウンド状態をこれ以上放置されてはならない。2019年のためにも。

January 21, 2011

歴史

おそらく100年後、今の時代の20,30年は、「空白の歴史」と記されるのではないか。
安倍も福田も麻生も鳩山も、総理とは認められず、決して歴史には残らない。
そして、菅が記されるかどうかは、この6ヶ月にかかっていると思う。

政治には2世、3世が跋扈し、能力のない者たちの墓場と化した、という記述だけは、なされるだろが、その中で、かろうじてひかりを放つ政治決断ができるかどうかを私は見極めたい。

January 13, 2011

1月の短歌作品

再読

 猫四匹棲むかつての子供部屋に村上春樹もちこみて読む

 映画化のなされし「ノルウェイの森」めくれば赤の書きこみ数多

 一行の間合いに場面の切りかわり新しきこと語られはじむ

 ワタナベの顔つきわれの眼裏にくっきり浮かぶマツヤマでなく

 ベールごしにみゆるがごとし輪郭のみの直子の顔は

 悲しみは緑が料理を供したるページに突如あふれてきたり

 矢印の書かれていたるあたりにて目を閉じしばし世界に浸る

 「1Q84 BOOK3」読みすすめぬまま迎えたる年(2011)

 「トニー滝谷」DVDを借り観たりただ宮沢りえをみたいがために

 結論は映画「ノルウェイの森」観ぬとなり、ワタナベも緑もちがう


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January 12, 2011

称賛されてよい優勝と称賛されるべきでない優勝

謹賀新年

ほとんど更新がされていないブログなので、ご覧になっている方は少ないとは思うが、新年最初の書き込みである。今年はなるべく、考えたことを書いていきたいと思う。

短歌の作品や自身でとった写真を投稿するばかりの一見、文化系にみえる私だが、結構バリバリの体育系で、大学時代にはラグビーを、また社会人になってからは25年以上、フルマラソンを走ったりしている。ゆえに正月はスポーツ観戦が楽しみで、元旦のニューイヤー駅伝、天皇杯サッカーに始まり、箱根駅伝、高校のサッカー、ラグビーの全国大会、大学ラグビーなどをテレビ観戦するだけではなく、時には実際に見に行ったりしている。

今年もさまざまな感動的なシーンに酔いしれたが、その筆頭は、早稲田大学が駅伝で18年ぶりに総合優勝を果たしたことだ。今年は1,2年生に逸材が多く、下馬評でも優勝候補だったが、その1、2年生が故障で出場できなくなり、4年生が出場、その4年生たちが、実力以上のレースをして、僅差で優勝を飾った。

早稲田には全国からスポーツで優秀な成績を高校時代収めた連中が推薦制度などを利用して入ってくるが、今回の駅伝の勝因は、そうしたスポーツエリートではなく、5区を走った県立高校出身、一般入試組の選手の走りにつきる。高校駅伝にも出場経験のない選手だが、怪物と言われる東洋大学の選手を箱根の山登りを終わってからの下りで詰めた。その頑張りが、僅差の総合優勝につながったのである。もしあの場面で、さらにリードを広げられていたら、6区での逆転もなく、そのまま東洋大学に逃げ切られていただろう。早稲田では、そうした一般入試組の選手が活躍できるチャンスがいまでも十分にある。高校時代は無名でも、志を高く持ち努力すれば得られる結果があるということは、大学スポーツのひとつのあるべき姿であろう。おそらく、一人で練習に励む多くの無名高校生ランナーに励みになるものである。

ゆえに駅伝の早稲田優勝は、「称賛されてよい優勝」である。

大学ラグビーは、やはり優勝候補の早稲田大学が帝京大学に苦杯をなめた。周知の通り、今年のラグビー部レギュラーは、エリート軍団である。高校日本代表をずらりとそろえる布陣は、各校からうらやましがられるばかりは、嫉妬の対象にすらなっていた。「早稲田は選手をかき集めた」ということだが、それは誤解である。早稲田大学ラグビー部は、明治やルーツ校の慶応などとともに、日本のラグビーを引っ張ってきた歴史を持つ。グランドを広く使い、高いワークレートをベースにランニングでトライをとるというかたちは、体格に劣る日本が、世界の強豪国と争うために唯一可能な方法であり、また実際にそれを追い求めてきた。その姿は孤高であり、全国の高校生にも「早稲田でやってみたい」という魅力あふれたものなのである。

これまでも何度か日本はラグビー国際舞台で痛い目にあってきた。強力なフォワードに、まさに押しつぶされ、なすすべもなくトライの山を築かれてしまうことを間に当たりにしてきた。だからこそ、スピードを活かした早稲田ラグビーへの期待が高まるのであるが、早稲田は長い部の歴史のなかでも強力フォワードを要して、安定した戦いができたのは、清宮監督時代の2,3年だけであり、毎年、フォワードの戦いぶりで、結果が大きく左右されてしまう。

まさの今年の帝京との決勝戦もそのパターンにはまり、スピード豊かな攻撃を封印されてしまった。早稲田FWの接点で十分ファイトしない戦いぶりは、エリート集団の弱さが露呈した形だが、その一方で攻撃の機会を捨ててまで時間稼ぎのボール保持を続けた帝京FWのゲームプランは、日本のラグビーの将来を真っ向から否定するものである。

ゆえにラグビーの帝京優勝は、「称賛されるべきでない優勝」である。

そもそも、面白くない、ということにつきる。最近、フィギュアスケートの人気が高まり、大会やイベントは連日満員の盛況である。実際にフィギュアをはじめようとする子供たちも増えているというが、それは子供たちの目にフィギュアが面白いスポーツと映るからである。技術的には難しいし、トレーニングも厳しいことは、他のスポーツとなんら変わらないが、それ以上の魅力的なスポーツに映っているのだろう。しかし、帝京が大学選手権の決勝で繰り広げたラグビーは、接点での強さやラインディフェンスのうまさなど玄人筋には見るべきものがあったが(とくに前半は)、後半の意図的にスローダウンさせ、アタックをしない戦いぶりを見て、子供たちがラグビーをやってみたいとは絶対に思わないだろう。2019年にワールドカップを開く日本にとって、ラグビーの競技人口を観戦人口を増やさなければならないのに、こんなにつまらないゲームをNHK地上波で全国放送されたら、まさにネガティブキャンペーンそのものである。この点、ラグビー協会の関係者はどう考えているのであろうか。アンチ・ラグビーが跋扈して、ワールドカップは成功できるのか。

また、帝京の戦い方で日本は、世界の強豪国に接近できることはあり得ないということも強く認識しなければなるまい。日本人も体格はかなり立派になってきており、トレーニング次第では、かなり強力なフォワードを作り上げることができる。それは今年の帝京大学が証明したということもいえようが、帝京のフォワードの主力はやはり二人の外国人であり、その二人が分かれて4人ずつのユニットをフォワードで作り、ボールを保持し続けた後半のゲームプランは、所詮、日本人の体力だけではできない戦い方である。もちろん日本代表は、日本協会代表なので、他国の協会で代表に選ばれていない外国人の内、一定の条件を満たす日本国内のチームに所属をする外国人が出場でき、日本も結局はそうした助っ人をたよりにしてワールドカップなどの世界の舞台で戦う。だから良いではないかということになるかといえば、何人か外国人が入った程度の日本代表で戦っても、結局はさらに大型の選手を擁する強豪国と戦わなければならないことにはなんら変わりはなく、結局は、ランニングラグビーに活路を見いだすほかない。国内のリーグ、あるいは全国レベルの大会で大型強力フォワードを前面に立てて優勝したところで、その成果が日本ラグビーの成果につながらないということは、高校、大学、あるいはトップリーグの指導者たちは言われなくてもわかっている。

ラグビーは所詮マイナースポーツだと言われるが、わたしがラグビーを見はじめた昭和40年代は、少なくても全国レベルの大会になればかなりの集客のある試合が多かった。しかし今回の大学選手権決勝は、関東の対抗戦グループ上位校同士の決勝であったにもかかわらず、空席が目立った。競技人口がどんどん減ってファンもつかない日本のラグビー界が、ワールドカップの開催をするだけの資格があるのだろうか。例えば、ロシア対ジンバブエなどという試合が地方のスタジアムで組まれ、いったいどれほどの観衆が高いチケット代を払って入るというのであろうか。つまらないスポーツと烙印を押されてしまいかねないゲームを国内のチームがし続ければ、その結果は明白である。

いまこそ改めて、先人達が必死に考えてきたスピードと技術の日本ラグビーを目指すという志を掲げ、若手の世代の育成と底辺の拡大、ファンの獲得に取り組むべきであろう。その意味で、今回の大学選手権を子細に分析し、ローカルルールの活用を含めた対策を至急検討すべきである。

December 06, 2010

12月の短歌作品

隣人

 国破れて山河ありとは戦わぬいまの日本にありえぬ喩え

 主島なる釣魚島に漁にゆきしおとこ拘束、釈放、英雄

 十五分ほどの会談聞き慣れぬ公談とう語をつかう隣人

 市民派の宰相、共産党エリート最高幹部になにを語るか

 最高幹部選出プロセス不明なるままに二年後「あの人がなる」と

 小沢なる姓名紙面にいつまでも躍る日本も上等である

 師走きたれど寒気南下せぬままに中国人のあふるる

 ぎんざNOW!は記憶に遠くあらためてナウなることばが流行語となる

 トラフグの皮喰うために沸騰水、氷水など素早くつくる

 外皮はぐ左手のゆび鮮血のにじむひたすら喰うためにはぐ

 とげの刺さりし親ゆび中ゆび人差しゆび痛くて美味しトラフグの皮

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November 17, 2010

11月の短歌作品

逃避

 携帯のストラップとして今朝えらぶ全身骨格お菓子のおまけ

 ガラガラと胸ポケットより揺れ動きわれの性なるものの宿りぬ

 わが角頭に逃げ道のあり虎の子の持ち駒金を待ち駒とす

 電脳の詰め将棋には一手詰めの存外たのしき駒の組まれて

 品川と大崎のかん数分に五手詰め二問解けてはうれし

 三〇キロ南の駅に名も知らぬもの事故に合い全線止まる

 影響は三〇キロ北方の大宮あたりにもおよぶとう報

 ネットよりJ-WAVEを聴きすごす三十分ほどの諦め

 五回裏終了ののち打ち上がる花火のごとし運転再開

 零時すぎて街路工事のはじまりぬ雨のふたたび斜めに落ちる

 知らず知らずのうちにハロウィン終わりたりつぎクリスマスそののち新年

 死に際にとっておきたき顔つきのショーウインドウに映りたりけり


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November 14, 2010

マルティン・トゥルノフスキー

ミューザ川崎の東京交響楽団「名曲全集」第61回はマルティン・トゥルノフスキー指揮、この指揮者はディスクでもライブでも初めて。

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November 01, 2010


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