小池光新作「冬景」を読む
月刊文藝春秋2月(81ページ)に小池光が登場、8首を寄せている。4首、引いてみる。
宝船のかたちに黄楊(つげ)を刈り込んで老人ホームの庭のひそけさ
てぶくろの指に拾へばいちまいの朴の枯れ葉のなんたる軽さ
植物を詠い込んだ2首。
1首目は、老人ホームを訪れた作者の感慨を受け止める役割を「黄楊」が果たしている。おそらく作者は、近親者を訪ね、ここにやってきたのだろう。その人は、「宝船」に乗せられここに来たわけではないが、意図せざる造作(刈り込み)が、訪れるものの心を動かすのである。
2首目は、技巧的な歌だ。まず「てぶくろの指に」の「に」が実に自然で効果的である。短歌では、助詞を正確かつ効果的に活用すると、一気に歌が立ち上がってくる。下句の「朴の枯れ葉のなんたる軽さ」は、平凡そのものだが、上句「指に拾へばいちまいの」を過不足なく受けている。
すぎゆきの夜汽車おもへば窓のつゆ冷凍みかん窓辺に濡れて
熟柿ひとつコンクリの上に破裂してことしの秋の無言劇の終(をはり)
これら2首は果物を詠った。
1首目は、かつて夏の旅行中によく食べられた「冷凍みかん」を回想したものだ。作者は、夜行列車の音を遠くに聞きながら、窓辺におかれた冷凍ミカンを思い出した。まさにそのままの歌だが、今はなき光景として、読者に届く。私には、歯にしみる、冷凍ミカンの食感がよみがえる。
2首目は、いまもごくありふれた光景として我々が見ているものである。その木最後の柿であったのだろうか、野鳥に完全に食べ尽くされることなく残った熟柿が、ついに地上に落ちた。熟柿ゆえに「破裂」は適切な言葉であり、あ音の強さが歌の真中にあることで、全体のバランスをとる。例えば、ここは「落下して」でも同じあ音の言葉だが、やはり結句の「無言劇の終」という意図的な句に負けてしまう感がある。こうした言葉選びは、短詩ゆえに求められるものだ。
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Comments
近藤さん、コメントありがとうございます。まだ出たばかりの号ですので、本屋に堆く積まれていますよ。
Posted by: HIRO | January 12, 2006 at 03:33 PM
興味ふかく読みました。文芸春秋は最近見ていなかったので、どこかで見てみたいと思います。ありがとうございました。
Posted by: 近藤かすみ | January 12, 2006 at 11:39 AM