体感格差
三浦展氏の『下流社会』や大竹文雄氏の『日本の不平等』を読み始めている。
不平等を計るメジャーとしてはジニ係数というものがあるが、ジニ係数の変化を見る限り、先進国の中でも不平等な米英に近い格差が日本でも生じつつある。マクロ的な、しかも所得に係わる指数にたよってこの問題を考察するのは疑問だが、最初のアプローチとしては、まずこのジニ係数をもとに考えることが必要である。
ジニ係数は、所得に限らず、統計の標本の大きさに関する分布状況について、その平準度を見るための指標である。値が小さいほど平準度は高い。所得分布に関していえば、ゼロで完全に平等であり、1であれば完全に不平等ということになる。因みにその中間の0.5という水準では、所得の高い方から4分の1の数の者が4分の3の所得を得るということになる。ずいぶん不平等に見えるが、ジニ係数0.5とは、そのような水準である。
ジニ係数は、総務省統計局が毎年末に発表する「全国消費実態調査」において発表される。昨年12月に発表された平成16年の調査では、「全世帯について,年間収入の世帯間格差をジニ係数でみると平成16年は0.308で,昭和54年から一貫して上昇」とある。これを見る限り、日本の不平等は拡大しているように見えるが、昭和50年代半ばの家計における世帯主の平均年齢が44歳ほどであるのに対して、今回発表された平成16年では53.7歳と高齢化している。
これは高齢者世帯の増加を意味するものであり、年金生活で所得増が望めない家計が相対的に増えれば、その他の要素が不変であっても、ジニ係数は上昇するので自明である。
家計ベースのジニ係数を見る場合、もう一つ注意しなければならないことは、世帯人数と有業人数である。同じく昭和50年代半ばの時代には、前者が4人を少し欠けるレベルであり、後者が1.57人ほどであった。そして平成16年では、前者が3.26人で,後者が1.49人まで低下している。
このことは、一世帯の稼得能力が落ちていることを示しているが、これも高齢者世帯が増えているためであると推察できる。
現在開かれている通常国会において、野党側からは、小泉改革の影の部分として、社会における不平等の拡大が指摘されているが、少なくとも全国消費実態調査を見る限りでは、20年もの長きにわたって、じわじわとジニ係数が上昇しており、この5年ほどの小泉改革で、急速に事態が深刻化したと見るのは正しくない。
犯罪抑止の世界では、よく「体感治安」という言葉が使われる。法務省の「犯罪被害実態調査」によれば、「以前より日本の治安が悪くなったと感じている国民が7割を超え、半数以上が将来も悪化すると考えている」ということである。これをもって「体感治安」というわけであるが、実際のところ、数は少ないが凶悪な犯罪が起きるたびにこの「体感治安」は悪化する傾向がある。
このことをもって所得格差を論じるのは合理的ではないが、近年のフリーターやニートの増加、中高年の失業、あるいは巨万の富を得た若いベンチャー経営者の姿など国民の身近な話題となり、それらをもって国民が格差に過敏に感じるようになっているのではないか、という仮説は立てられよう。これを「体感格差」と呼ぶとすれば、その拡大は、真の格差の拡大ではない。自分自身の状況には何ら変化はなくても、格差社会を過度に不安視する者は出てこよう。また、社会で起きている事象と自分の境遇をだぶらせ、例えば自らが自らの所作によって不遇の状況に置かれている場合には、改革による格差の発生という社会的な問題にそれを転嫁する者も出てこよう。
機会は平等に与えられるべきであるが、結果まで平等であるということはあり得ない。そうしたコンセンサスはできていても、差がつけられることがわが身に降りかかってくると人は過敏に反応する。ジニ係数というマクロの指標でも、こうした人それぞれの置かれた状況をもとにした超ミクロの分析も、実はこの問題では正しい姿を示し得ないのである。
三浦展氏は「下流社会」において、「下流とは所得が低いことではない」と述べている。働く意欲や学ぶ意欲など、「人生の意欲が低い」人々が「下流」に甘んじるという論を展開している。言い得て妙であり、そのような「人生の意欲が低い」人々がどのような状況から生まれてきたのかを解明することこそ、今日において重要な課題であろう。
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Comments
所得の格差だけだったら、ヨーロッパの階級社会のようにむしろ社会の安定化に繋がる可能性もあるんですけど、体感格差は逆に治安を筆頭として社会の不安定化に繋がりやすそうですね。
Posted by: 笹崎悟志 | September 03, 2006 at 10:51 AM