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July 19, 2008

生涯現役、それとも足るを知らざる

私は、「生涯現役」という言葉がきらいだ。ある種、仕事に対する熱意からくるものであろうが、実際には一部の芸術家以外には当てはまらないものであると私は考える。

権力欲、あるいは仕事へのあきらめのなさを、こうした聞こえのよい言葉で包み隠そうとしてように感じてならないのだ。

仕事とは何か。

50を過ぎて、少しずつわかってきたことだが、それは後進のものたちに、これまでの自身が経験から得た何がしかの方法論を示しつつ、仕事と権限を渡していくことだと思う。そうしなければ、その組織の経験値や付加価値は確実に減少し、しまいには崩壊する。

それがわからない人間は、いつまでも自ら活躍できる領域を確保しようともがく。そのもがき方は、老齢になるほど見苦しく、いくら長寿社会になったとしても、60の半ばに差し掛かれば、衰えは目立つ。衰えが目立つものが仕事にしがみつけば、いつしか同じ組織の者たちの怨嗟の対象、憎しみの対象となり、足元をすくわれることになる。

引き際のわからない者は、えてして誰もやりたくない仕事を押し付けられるという罠にもはまりやすい。それが一見、自身の業績をすばらしいものにしそうに感じられる魅力ある仕事に見える場合、その後やってくる苦しみはより大きくなる。そのことに気づいても、もはや時計の針を戻すことはできない。自分で進めてしまった時計の針は、自分では戻せなのだ。

高齢化社会とは、そうした老人たちが跋扈する時代なのであろうか。数は少ないが、優秀な若い世代に時代を託す気持ちを高齢者がもたないと、日本社会は確実に崩壊への道をたどることになる。

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