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May 05, 2009

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2009第3日

3日目は、3公演聴く予定だったが、朝一番の公演にばたばたしていて間に合わず、以下の二つの公演を聴いた。いずれも最終日にふさわしい熱演、秀演で満足した。
 
No.322 リチェルカール・コンソート、指揮・ヴィオラ・ダ・ガンバ/フィリップ・ピエルロ

No.312 シルヴィ・ヴェルメイユ(ソプラノ)、ヴァレリー・ボナール(アルト)、ジャッキー・カアン(アルト)、マティアス・ロイサー(テノール)、ファブリス・エヨーズ(バリトン)ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル、 指揮/ミシェル・コルボ

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まず、リチェルカール・コンソートは、「バッハと先輩・後輩」と銘打った多彩なプログラムである。
ラインケンのトリオ・ソナタ集「音楽の園」より 第1番、ブクステフーデの2つのヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、通奏低音のためのソナタ、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ、それに長らくバッハの作とされていたゴルトベルクのソナタである。
たっぷり1時間をかけた演奏だったが、一曲ごと真剣に調弦を行い、しっかりと呼吸を合わせて演奏に望む姿勢、バロックながら、細かなメロディを早いリズムで演奏しきる技量など、今回来日した中でも指折りのグループではなかったか。
ラインケンのソナタからは、古楽器の清楚さを感じ、ブクステフーデのソナタからは、すがすがしい草原の朝のような雰囲気を味わい、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバのソナタからは、この楽器の奥深さを再認識し、そしてゴルトベルクのソナタからは、時代を超え人の持つ感情の多様性を感じるなど。本当にすばらしいコンサートだった。
今回、バッハということで気の引けていたのだが、このコンサートを聴けたおかげで、視野が広がったように思う。3列目という良い席で聴けたことも良かったが、周到な準備をして臨んだメンバーには、心から感謝をしたい。

次は、「熱狂の日」常連のミシェル・コルボの登場である。最終日・最終公演のマタイ受難曲なども聴きたかったが、今回、コルボの公演は、このミサ曲ト短調などの1つに絞った。
前の公演が予定時間をオーバーしたため、ホールB7からホールAに駆け込むと同時にコルボが登場、本来ならこのような聴き方はしたくないが、「熱狂の日」では時として、このようなことが起こる。
この公演は、3歳以上入場可というハードルの低いものだが、1曲目のカンタータ「イエスよ、わが魂を」の第1曲が終わるやいなや、幼児が「終わったね」と叫び。その後のぐずついて、しかもその親が子供を連れて外になかなか出なかったということがあった。
そもそも、その親もこの公演の演目の内容を知らなかったのではないか。バッハもベートーヴェンもモーツアルトも、彼ら彼女らにとって同じである。誰でも入れるということではあるが、時間帯だけではなく演目によって、入場の条件を変えるべきでないだろうか。
カンタータのあと、拍手が入らなかったのも、こうした音楽祭の性格上、仕方ないことか。私もぼんやりしていて不覚だったが、抜粋版に反応できる者は、私も含めほとんどいなかったということだ。
本命のト短調のミサは、実にモダンな演奏だった。ホールAは、コンサートに不向きだが、現代の楽器なら、十分その響きで聴かせることが出来ることを証明した。昨日のホールCでのバッハ・コレギウム・ジャパンは古楽器であったが、いうまでもなくホールAでは本領は発揮できない。もちろん、ソリストたちは大変苦労されたと思うが、少なくとも、24列目の私には、聴きにくいということはなかったし、コルボの丁寧な音楽づくりは、それこそ手に取るようにわかった。

昨年の秋頃から、バッハやバッハの同時代の作曲家の作品をディスクで聴くようにしてきたが、全くもって私自身の勉強不足を痛感した次第。本当に西洋音楽の世界は奥深く、来年以降も「熱狂の日」音楽祭を聴き続けることで、少しでもその本質に迫ることが出来れば良いと思った。

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Comments

コメント、ありがとうございます。

ホールAの公演は、基本的にハードルを低くすべきですよね。
しかし、マナーは守られるべきです。子供がぐずって収まらないなら、外に連れ出すのがマナーでしょう。

ゼロ歳児からとされている公演でも、ぐずった子供をそのままにしておく権利まで保障されているわけではないと思います。

私の次男がモーツアルトの魔笛のビデオに夢中になった時期があって、日本の演奏家の公演でしたが、魔笛に連れて行きました。確か6歳だったと思います。いまみたいに未就学児はだめということではなかったのですが、私自身、とても緊張しましたね。

でも、オペラグラスをもって好きな場面は夢中になってみていました。その一方で、どうでもよいところは寝ていました(笑)。

さすがにモーツアルトは大衆音楽家です。日本にはミサに行く習慣を持っている人が少ないので、宗教曲を子供に聴かせることは、ほとんどないでしょう。小さいときから音楽を聴かせるのはとてもたいせつなことですが、やはりバッハの宗教曲は難しいのではないでしょうか。

Posted by: HIRO | May 06, 2009 at 10:59 AM

初めまして、コルボ私も行きました。良かったですよね。私は、子連れで昼のカンタータ、ミサを聴いて。キッズプログラムに参加してから、一度子どもを連れて帰り。夕食をとるひまもなく再度マタイに出発!いま帰ったところという強行日程でした。子ども等にとっては、多分いちばん眠い時間帯。とくにキッズの整理券を8時ごろから並んだ人は朝も早いでしょうから、私は大惨事を予想していましたが、以前参加した0才~のに比べたらとてもおとなしく感じました。まあ家の子も含めざわざわしていましたが、ベートーヴェンやモーツァルト等の純音楽とちがい、特に教会カンタータやミサ曲は当然小さな子どもも来るであろう教会の礼拝で演奏されることが前提となっているので、逆にOKな感じがしました。例えばモーツァルトでいうと、アヴェ ヴェルム コルプスやミサ曲なんかは宗教なんで若干ざわついてもしかたがない感じですが。シンフォニーやコンチェルトはガキは来るなと。(確かに逆のような気もしますが)
拍手も良くわからなくて、特にマタイでは、弟子達がイエスを捨てて逃げる場面、ペテロの裏切りと慟哭の場面(今夜のパターン)、そしてイエスの死の場面が区切りなわけですが、いったいこんなところで盛大な拍手をしていいものか...。78のカンタータの抜粋も曲の終わりは判ったのですが、手をたたいたものかどうか...。(でもデュトワでフォーレのレクイエムなんかだと拍手しますね。コルボはより聖的な演奏だったのでしょうか?)
 とにかく、普段は敷居の高そうな宗教曲をまとめて聴けるとても良い機会でしたし、久しぶりに心底感動しました。私もバッハは器楽曲の方が好きなのですが、あえて声楽曲に行って本当によかったです。不慣れでマナー的には失敗もありましたが、懲りずにまた色々行ってみたいとおもいます。
 初めての書き込みで失礼なことを長々書いてしまいすみません。HIROさんの言わんとすることは,もっともですしとても良くわかります。でもフォルジュルネは敷居の低い大切なイヴェントです(子どもが嫌がらない限り)。「子どものコンサートといえば、トトロ ポニョ」ばかりになったらつまらないです。
 

Posted by: どちらがいいのか? | May 06, 2009 at 02:45 AM

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