小説

July 19, 2009

村上春樹新刊 1Q84 その後最後

20章以降は、牛歩のごとく、ゆっくりと読んだ。「空気さなぎ」の行は、実に読みにくく、リアリティがどんどん薄れていく。このことをどう受け止めればよいのか、戸惑った。

最後の数章を迎えるまでは、現代小説らしい、深みのある村上作品らしいリアリティを楽しんだが、最後の数章は、村上の終幕を整えようとする気持ちと、終わらせたくないという気持ちが交錯し、物語を変質させてしまったのではないか。

いずれにしても、 何年かのちに、BOOK 3 4・・・がでるのだろう。このベストセラーの続編を書ききれば、村上は神になる(はず)。

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June 18, 2009

村上春樹新刊 1Q84 その後その7

いくつか、村上春樹のインタビューを目にした。最も長いものは、「クーリエ・ジャポン7月号」巻頭インタビュー。

その中で村上春樹は、「実際、僕の仕事は嘘をつくことなんです。現実に色を添えること、想像豊かであること、人を楽しませること。もしかしたら、それは僕の人格の一部なのかもしれません。現実を別の形で表現すること。フィクションは”大いなる嘘”です。小説を書くとき、僕はできるだけ上手に嘘をつかなくてはならない。”偽のレンガで、真実の壁を築くこと”、それが僕の仕事です」と述べている。

また、相前後するが、「嘘をつくのが仕事の場合、誰よりも『真実』について知っていなくてはなりません」とも述べている。

周知のとおり、『1Q84』はオウム裁判の傍聴をもと書かれたものだが、村上の言葉通り、「偽のレンガで築かれた真実の壁である」と解して読み進めることが極めて重要である。

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June 15, 2009

村上春樹新刊 1Q84 その後その6

青豆も天吾も、次々に事件に巻き込まれていくが、それは自身で選択したことの帰結以外、何ものでもない。

誰でも長い人生のなかでは、回避しようと思えば回避できることに巻き込まれるが、それらは所詮、主体的な部分が大きい。

村上春樹の小説は、読者に何かのスイッチを与えるが、上巻を読み終え判断するに、社会正義に対する意識というところだろうか。

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June 07, 2009

村上春樹新刊 1Q84 その後その5

月がふたつ、流れる時間もふたつ。

そのふたつ時間が相互に絡み合い、世界が崩壊していく。
その過程に、青豆という存在が組み込まれている。

非現実が現実を覆いつくし、それが現実になるということか。

現代人として共感できる。

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June 04, 2009

村上春樹新刊 1Q84 その後その4

村上春樹の長編小説には、語り部が現れる。歴史の証人、あるいは内部精通者といった類の者だが、不思議なキャラクターを与えられ登場する。

村上春樹は、主人公を比較的、平凡な、あるいは既視感のあるキャラクターで描きながら、語り部には、個性的なキャラクターを与える。

今回の「1Q84」では、元文化人類学者の先生やあゆみに、その役割が与えられているのだろうか。ふたりの言動を丹念に追うことは、この小説の本質に迫る有効な方法だと思う。

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June 03, 2009

村上春樹新刊  1Q84 その後その3

「1Q84」は、その後も、少しずつ読み進めているが、今日は、私の書棚にあった「ユリイカ」臨時増刊『村上春樹の世界』から...。

このユリイカは、書棚の取り出しやすいところに置いてあって、夜な夜なめくっては、様々な人々の村上春樹観を確認しているが、巻頭、翻訳家・柴田元幸が村上春樹にインタビューをしている。その中から、村上春樹の言を一部を引く。

まず長編小説について・・・

「長編というのは、・・・ある種の自己変革を要求するくらいのパワーのあるものじゃなくてはならないと僕は思うんです。・・・だから要するに、短編に使うマテリアルと長編に使うマテリアルというのは同じではないんです。」

これまでの村上春樹作品は、登場人物が時代を映す鏡として描かれていて、しかもその時代認識が新鮮なことが美点だった。
近過去小説のかたちをとっている「1Q84」は、その点からどうなのか。「Q」が「9」ならば、多くの読者が時代の再確認を迫られることになる。
村上自身も時代の再確認を「1Q84」を書き進めながら、「自己改革」しようとしているのだろうか。


もうひとつ、自身の小説世界について・・・

「だいたいいつもふたつの世界を内包しているんですね。こっちの世界とあっちの世界ですね。・・・でもそれとは別に、僕の意識のなかにはふたつの種類の時間性みたいなものがあるんです。こっちの時間性とあっちの時間性ですね。・・・限られた現実の時間性と、それからそういうものを越えた非リアル・タイムの時間性ですね。」

これはもう、「1Q84」を読み始めたものならば、理解可能な村上春樹の世界である。裏か表かわからないが、時代というものは、表出していないものに支えられ、可視性をもつようになる。そのことを村上春樹は、「1Q84」で立証しようとしているのではないだろうか。

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May 30, 2009

村上春樹新刊 1Q84 その後その2

謎の老婦人があらわれ、青豆の輪郭が少しずつはっきりしてきた。といっても、何故に彼女はそのような仕事を請け負うのか、まだまだわからない。

タイトルの「1Q84」は、「1984年」ではないのか。

天吾がワープロを使うくだりが出てくるが、この年あたりでは、まだ個人が使える小型のワープロは登場していない。私が使っていたラップトップのオアシスは、90年代の初め頃の製品で、84年というと、馬鹿でかい、業務用のものだったと記憶している。

東京の新宿や渋谷、麻布などが舞台となっているが、これらもそのまま受け取らない方が良いのかもしれぬ。時間も場所も、とりあえず、と考えておいた方が、このお話の本質に迫ることができそうだ。

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May 29, 2009

村上春樹新刊 1Q84 その後その1

少しずつ読み進めても、青豆の輪郭がつかめない。身につけているもの、その行動などは明確に描かれているが、顔かたち、その姿を想起することができない。何とも不思議だ。

その一方で、ふかえりは登場する前から、わかるのである。こちらは、実際上、よくわからないキャラクターとしての役割を与えられている。それにもかかわらずである。

読む気になれば、一晩で読めそうな「1Q84」だが、毎日50ページという自己規制をしつつ、読んでいる。

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May 28, 2009

村上春樹新刊 1Q84

昨日、丸ノ内線銀座駅改札近くの山下書店に「1Q84」が平積みしてあったので、早速上下巻とも購入、帰りの電車の中で読みはじめた。

まだ100ページまで読んでいないが、意外とリアリティのある話で読みやすい。青豆と天吾がどのようにクロスオーバーしていくのか楽しみだ。

ところで、編集者として出てくる小松は、ヤスケンがモデルなのだろうか。

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October 20, 2005

村上春樹「東京奇譚集」を読む

村上春樹の「東京奇譚集」を読んだ。村上春樹の小説は、必ず発売日に買い求め、しばらく表紙や目次を眺めてから、数日後、読み始めるケースが多い。今回は、その期間が1ヶ月以上と空いてしまった。読みたかったが時間がなかっただけではあるが、なかなかシックな表紙や帯を見ているだけで、満たされてしまったということもあるようだ。

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