November 13, 2004

短歌人寄稿文(9)

マスノ短歌入門 2004年6月

久しぶりに、銀座の町を歩いてみた。軽い夕食をとりCDをあさった後、いくつか書店に寄ったみた。電通通り沿いの中規模の店には一応、短歌の棚がある。それは俳句や川柳、現代詩と同じ一角にあり、当然のことながら、歌書の
量はとても少ない。置いてあるのは、俵万智さんや林あまりさんの歌集、山崎方代の短歌をアトランダムに並べた新刊『こんなもんじゃ』、それに枡野浩一さんのエッセイ集などだった。枡野さんの著作は、九〇年代の後半、枡野さんがワコールのPR誌に書き綴ったものだ。
タイトルは、『淋しいのはお前だけじゃな』(晶文社)である。当初私は、「淋しいのはお前だけじゃない」と読み違えていた。「淋しいのはお前だけじゃない」と語りかけられれば、誰しも思わず本を手に取ってしまうだろう。しかしよく見れば、『淋しいのはお前だけじゃな』である。奈落の底に突き落とされてしまうようなタイトルなのである。「い」という一文字のあるなしで、正反対の意味合いとなるタイトルを枡野さんは見つけたわけである。
短歌は、短いといっても三十一文字が使える。しかし一文字の使い方が、作品の成否を決することはよくある。このタイトルから、そのことを改めて教えられた。
さて、エッセイ集の内容だが、真摯な姿勢で書かれた四百字ほどの文章に歌一首が添えられている。枡野さんは、女性向けの読み物ゆえ、「数少ない恋愛経験をなるべく書くように心がけた」とまえがきに記している。ああ、こんな恋愛もあり得るのだなと、枡野さん以上に恋愛経験の少ない私などは、とても感心してしまう。
マスノ短歌は、同じ棚に並んでいる万智さんの短歌と少し似ていて、代作性があるように思う。一般の人々になり代わり、感じるままをリアルに表現する。マスノ短歌が万智さんの短歌と異なるのは、普遍性の厚みである。マスノ短歌の私性は、現代にもがく普通の人々の私性である。年齢の違いや性差を超えて、共感可能な詩への昇華を果たしていると思う。
最後に、このエッセイ集に掲載された一首を紹介しておきたい。

 銀色のペンキは銀の色でなく
 ペンキの色としての銀色

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October 12, 2004

短歌人寄稿文(8)

外国の地名 ー舫としての役割を考えるー     2003年10月

読者のその地名に対する認知の程度にも左右されるが、短歌において地名は、読みにある一定の幅を用意する。特に外国の地名はその傾向が強いが、うまく用いると読者の興味や関心、あるいは憧憬をベースとして、読者を作品につなぎ止める舫としての役割を果たし得る。
本稿では、一.作者が海外で生活をし、そのリアリティを引き出すために地名を用いた歌、二.作者が海外の旅先で見たもの、感じたものを端的に表わす必要性から地名を用いた歌、三.海外の土地に実際に居る居ないに関係なく、比喩として外国の地名を用いた歌に分類し紹介する。


一.赴任・移住地での歌

歌人が海外に赴任し、彼の地で詠んだ歌としてまず取り上げなければならないのは、茂吉が留学・研究の目的で滞在したウィーン、ミュンヘンでのものであろう。

 ドウナウの流れの寒さ一めんに雪を浮べて流るるそのおと  斎藤茂吉『遠遊』

茂吉は流れに見入るなかで、それに音が伴っていることに気づく。視覚と聴覚にズレを感じるが、当時の心境を端的に表わしているように思う。帰国後の作品のなかには、このような歌もある。

 Munchen にわが居りしとき夜ふけて陰の白毛を切りて棄てにき  同『ともしび』

ミュンヘン時代を回想した歌であるが、壮年茂吉の姿がそこにある。
今日、研究のために海外に渡る日本人の数は、茂吉の時代の比ではない。以下の歌は、松平盟子が与謝野晶子研究のために一年間フランスのパリを中心に滞在した際のものである。

 小雨ふるトゥールの街のカフェに座し温まるまでの緋のマフラー  松平盟子『パリを抱きしめる』

 モンマルトルその丘に立てば銀灰の真冬のパリがすべて展がる  同『パリを抱きしめる』

本書は歌集ではなく、エッセイと短歌を一冊にまとめたもので、作者のフランス滞在の様子が克明にわかる。本書での記述によれば、トゥールは、鉄幹、昌子が和田垣という研究者とともに滞在した古都で、フランスで最もきれいなフランス語が話される土地だという。
生活のために一時、米国に移住していた川野里子の作品も興味深い。

 光粒子なほカリフォルニアに遍在し君は死にしか死を解けぬまま  川野里子『青鯨の日』

 アリゾナの軽き骨笛あかるさに負けて死にたる獣を鳴らす  同『青鯨の日』

優しく、ゆったりとした詠いぶりが特長の川野の作品のなかで、際だって厳しい眼差しを持つ作品である。「光粒子なほ……」は、必要以上に光の満ちるカリフォルニアで死を迎えた「君」への挽歌であろう。歌集全体を引き締める重要な役割を果たしている。
小島ゆかりも米国での生活経験を持つ。

 アメリカで聴くジョン・レノン海のごとし民族はさびしい船である  小島ゆかり『ヘブライ暦』

多民族国家米国あってジョン・レノンを聴きながら、同じ民族に属する人々が寄り添う姿を大海原に浮かぶ船だと表した。ジョン・レノンが追い求めた価値が何であったか、今こそ考えてみたい。
比較的若い歌人では、日本語教師として中国赴任の経験がある大口玲子の歌に、この時代を感覚をみることができる。

    一九九五年、中華人民共和国吉林省長春市
 新京とかつて呼ばれし街いつもどこかで何か焼く匂ひして 大口玲子『海量』
    長春図書館
 その上になべて「偽」のつく満州にかかはる二万冊並びをり  同『海量』

決して奇をてらうような捉え方はされていない。海外で暮らすようになると自分が日本人であることを強く意識すると言われるが、大口の作品には、そのことが確信をもって示されている。しかし満州もその首都新京も、もはや世界地図上に存在しない地名である。


二.旅先での歌

旅先での歌、旅行詠には、作者の感情の露出がなんらかのかたちでみられることが多い。作者にとっては非日常の場に、その時限りの自分を置くことの興奮が隠しきれなくなるのか。しかし優れた旅行詠には、冷静に状況を切り取り、詩として昇華させるプロセスがある。

 シリアの兵は銃を小脇にレバノン兵は迷彩服で人を整理す  高瀬一誌『火ダルマ』

作者が、レバノンの首都ベイルートを訪れた際の歌である。同じアラブの軍兵であっても、威嚇する方法が異なるということだが、これはイスラエルとの政治的距離によるものなのだろうか。本歌集には、

 太陽の地中海がひかりをくれるが坂の上までレバノンかなし  同『火ダルマ』

という作品もある。地中海の溢れるばかりの陽の光も、坂の向こう側には決して届かないのだ。
以下も、作者独自の洞察をもって読者に推考を求めようとするタイプの作品である。当然、受け止める側にも相応の力が必要となる。

 時を売る時間廊なる闇を抜け彌敦道で遇う日照り雨  谷岡亜紀『香港 雨の都』

 紛れなくわれも亜細亜の一人にて風の怒号の城市に迷う  同『香港 雨の都』

本書は、作者が中国返還を翌年に控えた香港を訪れた際に実体験したアジアを、現代詩と短歌で綴ったものである。作者は、幾度も香港などアジアの都市を彷徨することで、アジア人である自分を確認し、またアジア人がわかりやすく生きていることを理解するに至った。
作者に技量があれば、旅先でこのような歌も生まれる。

 火の鳥の卵をふいと盗み出しイオニア海を渡るゆふぐれ  紀野恵『La Vacanza』

 無沙汰なる神々を招べシチリアは夏に火を連らね祝ぎ歌うたふ  同『La Vacanza』

どんなに世界が狭くなっても、私たちが行ったことのない場所で、みたこともない光景が展がっている。それに遭遇した歌人は、どのようにして歌にすべきか、とても重要なテーマであろう。
もちろん旅先にあるのだから、もう少しリラックスして、歌に気分を乗せることが許されても良い。

 二両連結の胴長バスはギュー詰めの人運び行く北京の朝け  奥村晃作『ピシリと決まる』

 上海の「豫園」観終えて浅草の仲見世のごときお店が楽し  同『ピシリと決まる』

教職を定年前に辞した作者は、自由人として国内外の方々を歩き、作品をものにしている。ただごと歌の本領として、みたまま感じたままの異国は、かえって読者の興味をひきつける。
海外に出ないと経験できないことは数多くあるが、これなどはインドならではのことであろう。

 オールドデリーむこうに見えて夕焼けのような恍惚バングを吸えば  江戸雪『百合オイル』

インドの街角では今でも大麻を吸わせたり、それをラッシーに混ぜて売る露天があるという。バングは大麻のことらしいが、作者はその土地を知る手段として、あえてそれを体験してみたのだろう。


三.比喩として外国の地名を用いた歌

地名の持つイメージを歌に活かす修辞法として、例えば和歌の時代には歌枕確立された。しかし歌枕は、作者と読者が共有できる世界が予めあって、地名により導かれる事柄、現象は極めて限定的である。
翻って現代短歌では、作者の行動範囲や興味、関心によって用いられる地名とそのイメージに際限はない。そのため多くの読者は、その土地のことを殆ど知らないまま読まされることになり、その結果、つかみ所がないと感じてしまう惧れがある。しかし現代の歌人は、それを承知の上、一つの修辞法として外国の地名を用いるのであろう。

 無花果のしづまりふかく蜜ありてダージリンまでゆきたき日ぐれ  小中英之『翼鏡』

夕暮れ、作者はひとり、濃厚な時間のなかにある。そしていつしか、自分がどこまででも行けるような気分となり、どうせ行くのならば「ダージリン」と心に決める。しかし陽が落ち、その心も次第に静まる。そうした心の揺れをこの歌は見事に表現している。

 ここはアヴィニョンの橋にあらねど♪♪♪曇りの日のした百合もて通る  永井陽子『ふしぎな楽器』

童謡「アビニョンの橋の上で」で知られるフランス・ローヌ川にかかる橋のイメージは、軽やかなものだ。童謡の歌詞「輪になって踊ろよ……」からイメージされる、うきうきした気分を無音の記号句「♪♪♪」が受け止めている。視覚的にも美しい歌だ。

 地下鉄に瞑目りをればアマゾンの大逆流ふいにわが胸奔る  影山一男『空には鳥語』

アマゾンのポロロッカは、大潮の日に起こる川の逆流現象で、百キロメートルもの距離を川岸の樹木をなぎ倒しながら逆流する。満員の地下鉄のなかで、おそらく手足の自由を奪われたまま運ばれていく作者の心にも、激流が走っているのであろう。

 おほいなる無価値こそ人を悩ましむやオホーツクオホーツクわれは地をゆく  坂井修一『群青層』

これは科学者の嘆きか。科学者は誰しも、世の役に立つ仕事をするという目標を持ちたいのだろうが、当面役に立たない無価値とも思えるものを研究対象にせざるを得ない状況に作者は、「オホーツクオホーツク」という、一見無意味な句を用いて嘆いてみせたというところか。しかし結句の「われは地をゆく」という覚悟は、尊敬に値する。

 エコー写真の胎児を見れば思い出すアリゾナ砂漠でロケしたアポロ
                     大田美和『現代短歌最前線 上巻』(歌集未収録作品)

ざっくりとした比喩が魅力の作者だが、この歌の比喩には驚く。自分の子がうごめく子宮を映したエコー写真が「アリゾナ砂漠でロケしたアポロ」だというのは、奇抜だが実にリアリティがある。

 サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい  穂村弘『シンジケート』

これこそ、究極の「比喩として外国の地名を用いた歌」だろう。「サバンナの象のうんこ」など、語りかける対象としては全く非現実的だからである。そのようなあり得ない相手にしか、自分の気持ちが伝えられないとしたら、まことにかなしい。
最後に紹介する歌は、夢と現実が交錯するような不思議な構成の歌集のなかにある。中空からではないと把握できない、半島や大陸の名前からは、ある種の神話性を感じとることもできる。

 飛行船ただよう天よりくる風のかの世なるべきスカンジナヴィア  井辻朱美『吟遊詩人』

 ふるき世のパンゲア大陸よりわれに輪廻のはての陽がそそぐなり  同『吟遊詩人』

作者は、自身のアイデンティティをこうしたスケールのなかで確認しようとしているのだろう。十分に読み切れないが、「スカンジナヴィア」も「パンゲア大陸」も十分、舫としての役割を果たしている。

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September 20, 2004

短歌人寄稿文(7)

BOOK REBIEW                 2003年7月
『LOVE&SWEETS』 林あまり歌集 ワニブックス

  ふたりで過ごした時間をいちいち数えたり
  神経質になっていたかも

私もよく行く東京・神田「竹むら」のあげまんじゅう、その写真と隣り合う歌である。歌集というより、歌が添えられた、甘味処や洋菓子店のガイドブックのようでもある。

  「お互いさ、甘いもの好きで良かったね」
  舞い上がるほどうれしいせりふ

どうやら彼女は、甘いもの好きの男性と出会ったようだ。しかし多くのカップルが経験するように、二人の間には軋轢が生じるようになる。

  意地っぱりは生まれつきなの
  肩ふるわせ泣いてあやまるなんて出来ない

  ここからはひとりの時間
  手を振ったあとの夕焼け それもまたいい

そして、諍いを乗り越えてゆく中で、彼女は二人の将来を考え始める。

  分け合ったお菓子はふたりのからだになって
  ふたりはいつかおんなじになる?

どこまでも甘い恋物語である。

(ワニブックス 〒150-8482 渋谷区恵比寿4-4-9 電話03-5449-2711 定価1,200円+税)

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September 14, 2004

短歌人寄稿文(6)

BOOK REBIEW                2003年6月
『青宇』十鳥敏夫歌集 雁書館

作者四冊目の歌集。自然や土地の風習がまだまだ残る讃岐における生活詠が中心をなす。家族のこと、隣人のこと、生きもののこと、季節を巡ること等が多彩な語り口で描かれる。

 長編を生きます母のめざむれば日だまりのやうに物言ひたまふ

 快気にはまだしの妻をまんだらのさくらトンネルが隠してしまふ

 大八車から家ぬちへ移すときに重しついさつきまで生きてゐた人

歌集のタイトル「青宇」は、生と死を取り囲んでいるやわらかな闇と見立てた青と、無限の空間を孕んで運行する宇宙からとったとのこと。人は生かされているという意識が、歌に深みを与えている。

 石段をひとつづつ降りる山鳩の体のはづみにこころをつける

 ぢぢばばもこころを深く染めましや里の名月は墓地の上より

死というものを意識せざるをえない齢となり、やわらかな眼差しを持つ作者である。

(雁書館 〒101-0051 千代田区神田神保町2-12 電話03-5211-0227 定価3,000円+税)

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September 04, 2004

短歌人寄稿文(5)

BOOK REBIEW               2003年5月
『五十鈴響』高松秀明歌集 角川書店

作者は南の尾久島から、父が追われた北海道をめざし、十年間、北帰行を続けた。本歌集は、その後半期間の作品をまとめたもので、前編は『天の逆鉾』(平成十一年刊)である。

本歌集のタイトルの「五十鈴響」は、日本三大弁財天の筆頭、天河大弁財天に残る五十鈴からとられた。空海が使ったとされるこの鈴は、三鈴が連なり、そのそれぞれが意味を持つ。「父が追われた地へ」などというと、思いだけが募る旅のように思われるが、必ずしもそうではない。本歌集の冒頭歌、

 時世の傷うつせる瀬の面さはさはと罔象女呼び五十鈴響りあふ

からは、旅の半ばに差し掛かった作者の心情が窺われる。そして作者は、ある境地に到達する。例えば、礼文島で詠われたこの歌、

 シャツ・帽子・靴下・杖らここまでの重荷を焼きて岬にぞ立つ

は、それを端的に表わしている。

因みに、三鈴はそれぞれ、生成発展、充実円満、統一境地を意味すると作者注にはある。

(角川書店 〒102-8177 千代田区富士見町2-13-1 電話03-3817-8581 定価4,000円+税)

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August 24, 2004

短歌人寄稿文(4)

三角点「判断、自制、そして寛容」   2002年3月

私がネットワーク利用の効用を実感したのは、一九九五年一月の阪神・淡路大震災の時のこと。当時、インターネットは黎明期で、ニフティ・サーブやASAHIネットといった会員制のパソコン通信が主流であった。大震災の翌日から、職場で被災地の復旧・復興支援の担当となり、現地の状況把握に努める必要に迫られたが、仕事が東京での政府との折衝が中心であったため、思うように被災地に赴けない。マスコミの流す膨大な情報も、一度現地を見てしまうと表層的であることがわかり、ニフティに大震災関連のフォーラムが立ち上がったのを機に、被災地の会員が書き込む情報に目を通すことにした。その結果、概ね有用な情報が得られたばかりか、私の物の見方の狭さを的確に指摘してくれる友人を得ることもできた。

その後インターネットの時代を迎えたが、変わらないのは、情報とその出し手を信じられるかどうかを判断することの重要性である。信じられないのであるならば、相手にしない、くらいの姿勢である。

加えて重要なことは、自制と寛容である。自身が情報の出し手として、相手の立場を察しつつ発言をする、ということにつきる。掲示板などにおいて深刻なトラブルに発展するのは、書き込みが文字情報として残り、それが何度も読まれてしまうため、反感や憎悪が増幅されるからにほかならない。対面での言い争いであれば、文字としても文脈としても、完全な形では残り難い。掲示板などでは、兎も角文字が残ってしまうことから、増幅に歯止めがかからなくなる。したがって、当事者が早い段階で自制をし、寛容の態度で言い争いを中断する度量が求められる。過度の反応は、相手に自身の藁人形をおくることにもなりかねない。短歌人会の掲示板が昨年の秋、書き込み不能となった。掲示板でのやりとりを巡り敵意を抱いた者が、ある種の破壊行為に至った、という推論を立てても、端から否定されることはあるまい。

掲示板への書き込みを巡り、私自身、何度も失敗を繰り返し後悔もしてきた。しかし掲示板は、共感、互助の場を提供するものだと思う。掲示板を心の戦場としないよう、参加者の一人ひとりが応分の責任を果たす必要があろう。

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August 19, 2004

短歌人寄稿文(3)

三角点「秀歌そして記憶に残る歌」   2001年10月

秀歌の条件に普遍妥当性はない、と信じている。それでも、作品が読み手の共感を得るには、幾つかの欠かせない条件があるように思う。

 町じゅうの路地うめつくす紫陽花の低き位置より始まる怖れ    水谷澄子
     短歌人2001年7月号

まず重要なことは、リアリティである。言い換えれば、人間社会の通念において、理解可能な手掛かりがある、ということである。
引用歌は、紫陽花の存在感にリアリティがある。五月の半ばから、路地という路地をうめつくすがごとく、一斉に咲く紫陽花の、その姿が、作者をある種の恐怖に陥れる。その感覚を私は共有できる。
紫陽花は種類によって様々な花色を持ち、加えて開花している間に花色を変化させる。そうした紫陽花の態度も、恐怖という感情を抱かせる一因なのであろう。

 散らばりてそこはかとなく暮れてゐる米粒の中にわが座りをり   菊池孝彦
    短歌人2001年7月号

第二は、読み手に対する想像の許容である。読み手がある仮説を置き、作品を読み進めていくとき、幾重にも想像がリアリティに絡み合う、そのような作品は明らかに秀歌である、と言えよう。
引用歌は、リアリティも十分であるが、それ以上に、読み手に多様な想像を許す。作者の位置は米粒の散らばる真中にあるが、心は夕暮れに向いている。
その状況に至った経緯や、その後の始末の付け方などを私は想像してしまい、作者には申し訳ないが、楽しい。
短歌は所詮、人の生の痕跡に過ぎない。作品を通じて他者が作者の生きた時を、おおよそトレースすることができさえすれば、十分に使命を果たせたものと考えられる。作者には、そのための手掛かりと想像の幅員を用意してほしい。さらにより重要なこととして、読み手に作品のみを手渡してほしい。

最後に、2001年発行の短歌人本誌から最も好きな作品を一首引く。記憶に残る歌である。
 
 春の夜のかぜの冷たさ百歳の桜の吐けるふかきためいき   高田流子
     短歌人2001年6月号

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August 12, 2004

短歌人寄稿文(2) 

三角点「歌を作る場所」  2000年9月

岡井隆は、小中英之の歌集『翼鏡』の書評において、「作者は言葉に、そして言葉だけに、重いものを賭けている。大丈夫か、言葉はそんなに信じられるのか」と問いかけた。言葉は堅牢であり、言葉の積み上げた普遍性は強靱である。ゆえに重いものを賭けてみることは、正しい所作であろう。

しかし私は、言葉に一穴を開けたい、と願う。私にとって言葉は、常に格闘する対象であり、歌を作る場所はと問われれば、戦場という概念にそう遠くない答を用意することになろう。

例えば、普段轟音を上げて走る通勤電車が、無音で姿を見せるようなとき、詩の断片が頭蓋に入り込んでくる。そうした非日常的な状況を得て、言葉との格闘が始まるわけだが、それは時間や場所を選ばない。自分が司会をしている会議中など、心底困り果ててしまうが、やるしかないのだ。

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July 29, 2004

短歌人寄稿文(1)

三角点「等身大を超える」 1999年6月

先日、近くの県立公園で恒例のフリーマーケットが開かれた。その公園をランニングのホームコースとしている私には、年に一度のことながら、かなり迷惑な催し物である。この一日、広々とした公園も来園者で埋め尽くされ、ランニングどころではなくなる。

それでも、好奇心から覗いてみると、ブランドものの衣料品やハンドバックなどが並んでいたりする。庶民もバブル絶頂期に能力以上の所得を得、身の丈に合わない買い物をさせられてしまった証左か。風薫る五月の休日、つまらぬことを考えた。身の丈に合わない持ち物は、手放すほかないが、短歌の世界でよく使われる等身大という言葉をどう考えてよいものか、ということが頭をよぎった。

アララギが、『万葉集』を等身大の歌とみていた、という論を、どこかで読んだ記憶があるが、現代短歌においては、この等身大の歌なるものの基準やその評価のあり方を、改めて考え直さなければならないような気がするのだ。

結論から先に言えば、「私をより深く見せる」という意味において、等身大を超える短歌表現があってもよいはずだ。作者は、歌という衣をまとい、変幻自在にその姿を変えながら、舞台に立ち続ける。そのなかで作者は、私の本質を客観的に捉え直し、改めて読者に働きかける術を見い出す。決してドラマ仕立てにしてはならないが、読者の側に開かれた私が詠われているのであれば、十分、鑑賞に耐え得るであろう。 例えば歌舞伎は、見得がある故に、時代を超えて人々に支持されている、と私は考えている。大仰でありながら、しかし観る者を納得させる役者の美意識が、静止したその姿から伝わってくるのだ。

内にこもり、私を等身大にまとめた歌など退屈極まりない、とまでは言うまい。しかし有無を言わせぬ独自のポーズで、ぐいぐいと読者を自身の世界に引き込むような歌になかなか出会えないのも寂しい。こんな時代だからこそ、歌人は様々に等身大を超える努力をしなければならないのではないか。以上、読者中心主義の立場から書き記した。

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